鍵のマスターは実在した。私が出会ったビジターたちは実在した。彼らは皆、人間の生活を一変させ、私たちの種族を救う進んだ知識を持っていた。そしてまだ、ひたすら身を隠し続けている。それどころか、不幸なことに自分たちの存在を表向きは否定するように働きかけて、科学機関が身の回りの学べる知識さえも無駄にするように仕向けている。
現在の状況では、ついさっき名前を挙げた人たちを含む科学者の圧倒的多数は、ビジターたちがここにいて私たちと交流している、ということを全く思ってもみないだろう。そして、それは重大な悲劇だ。知識の無駄は、胸が張り裂ける思いだ。しかし、それは私たちの過失でもない。私たちは、ビジターたちと交信するのに適した手段が与えられていない。それどころか、彼らは私たちの科学が間違いなく無知であり続けるように、あらゆる手を尽くしている。
自由は文字通り生存よりも重要だ、と彼らは信じている、あるいは、おそらく確実に知っている、としか考えられない。そして、鍵のマスターの言葉を丁寧に調べると、これは本当かもしれないことが理解できる。
彼は、私たちの迷信に満ちた過去から姿を見せる世界や、現代科学の進歩によって出現したもっと唯物的な世界と、どちらとも根本的に違う世界を詳しく説明した。興味深いことに、彼は人間の哲学的思想に対してむしろ否定的な考え方にも関わらず、彼のビジョンにはそれらの両方の要素が含まれているのではあるが、私たちは正しいと思える多くのことを、何とか成し遂げてきた。
私たちの状況は私たちが責任を負うべきではない、とさえ彼は認めており、それは人口過剰の結果だと言っている。
私たちの直面している危機が、私たちの過失でさえないなら、なおさら私たちを助ける理由はある。
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