第2段階の調査が必要だった。
しかし当時、ベティもボブも非常に心配していて、退行催眠の会合を再開することをしぶっていた。
ベティとボブが語った体験は間違いなく幽霊目撃者のカテゴリーに入る!
さらに、マークのない黒いヘリコプターが彼らに関心を寄せているようだった。
自宅上空の木の先端くらいの高さを飛行したり、同じタイプの機体が車を追いかけたりすることがあると説明した。
黒くてマークのない謎のヘリコプターはUFO問題全体の中でよく知られたものであり、アンドレアソン事件のような近接遭遇ケースやキャトル・ミューティレーションとの関連があるようだ。
誰が操縦し、何をしたいのか?
ベティとボブ・ルカを悩ます出来事は1979年に入っても続き、この原稿を書いている時点(1980年12月)でもまだ続いている。
1979年8月4日:ボブはダイニングで飛行訓練の勉強をしていました。
私は台所でおやつを作っていました。
応接室のドアのほうを見ると、普通サイズで何の特徴もない男性の立体的な頭がドアの横から飛び出してきました。
ただ現れて消えたわけではないので、怖くなりました。
ぞっとして、すぐにボブのところへ走りました。
2人で戻ってきたときには、もうなくなっていました。
これはシンディ(ベティの娘)がしっかりとした影のある男性の脚と足を見たのと同じ場所です。
1979年8月6日:娘たちと買い物に出かけました。
ボブはダイニングのテーブルに座っていると、また誰か、または何かが2階を歩き回る音がしました。
翌日、ベティは再び謎めいた秘密のメッセージを受け取った。
テレパシーの受信中、彼女は私にこう言った。「体にものすごい熱を感じ、頭皮の左上に寒気や鳥肌が立ちました。」
ベティとボブの報告の重大さがようやく分かりはじめると、私はいらだちを覚えた。
ルカ家はコネチカット州にあり、車で行くと4時間近くかかる。
私はGTEシルバニア社で週に40時間働いていた。
新しい本の執筆に加え、自分の小さな天文台とプラネタリウムのメンテナンスと運営をし、UFOについて講演し、地元の教会と家庭生活に深く関わっていた。
このような過密なスケジュールでは客観的で詳細な調査は不可能だと思った。
一方で、見たところUFOではないような現象に別のUFO調査員を担当させるのは気が進まなかった。
また一方では、このような出来事を誰に話すか気をつけるべきだと思った。つまり、このような報告は『アンドレアソン事件』の当初の品位を下げる可能性がある。
おそらく世間はベティもボブも変人扱いするだろう。
しかし、このような現象はUFO現象と直接的、間接的に関係があるのではないかと思う一流の研究家たちもいた。
接近遭遇によって目撃者の生まれつきのサイキック能力が何らかの形で強化され、超常現象に気付いて交流できるようになったと思うものもいた。
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