私は軽蔑されて、信用のない人間だ。この文化のほとんどの人は、私を拒絶し、嘘つきと呼ぶ。しかし、私は善良な人間だ。どんな常軌を逸した理由であれ、私は神の手元からもたらされたと思うまさに本物の知恵の本を出す、という結果になった。それなら、それでいい。
どうして、ほとんど取るに足りない人間が、これを手にするのだろうか? おそらく、偉い人たちは、あまりにも偉すぎて、真夜中に自分のドアをノックする老人の言葉に、耳を傾けることができないからだ。取るに足りない人間だけが、彼を入れるだろうから、彼は取るに足りない人間のところに来たのだ。私は、彼の言葉を聞いてもらえることを願うしかない・・・少なくとも、他の取るに足りない人たちに。おそらく、偉大な人たちは、すでに褒美を持っているのだろう。それらは、彼らが共有している富と、お互いの頭の上に積み上げられた賞賛の中にある・・・たぶん石炭のように。
ダニエル書12章の後半の、逆の5(直訳)には、「ダニエルよ、そなたは黙って、終わりの時まで書を封印しなさい。多くの者は、あちこち走り回り、知識は増えるだろう」、と述べてある。
もはや、私たちの時代を完全に説明できるはずがない。私たちは、知識が爆発的に増える世界の中で、アリのように走り回っている。
しかし、それは、この驚くべき預言の結果だったのではなく、たった今、起こっている出来事の非常に正確な記述だ、と私は信じている。12章の9で、神はダニエルに、「言葉は時代の終わりまで封印されている」、と言っている。
たぶん、言葉は開かれたばかりで、おそらく、そういうわけで、新しい千年間の本当の始まりである2001年に、これが出版されることになったのだろう。
そうであれば、赤ん坊が目を開けて、周りを見回す時代だ。時代の終わりは、人間の旅の始まりに過ぎない。神とダニエルの約束であり、ミカエルの望みである輝きに入ろう。
すべての心が、他の人間とともに真に一体となれば、「いつまでも星として」輝くだろう。
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